高松高等裁判所 昭和33年(ネ)195号 判決 1959年6月16日
控訴人 菱木亀男
被控訴人 平野繁勝
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審分共被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人は、請求の原因として、
別紙目録記載の家屋は、被控訴人の所有であるが、控訴人は、何らの権原なくして、これに居住し、以つて、被控訴人の右所有権を妨害しているから、被控訴人は、控訴人に対し、右妨害の排除として、右家屋明渡を求める為本訴に及んだのである、と述べ、
控訴人の主張に対し、
控訴人主張の日被控訴人と訴外亡金井マキヱとの間に本件家屋につき売買契約の成立したこと並びに右訴外人が控訴人主張の日死亡し、訴外金井常吉、金井和子及び菱木昭子においてその相続をしたことは、これを認めるが、右契約は、次に述べるとおり、既に合意解除せられているから、控訴人の主張は、失当である。即ち、
(イ) 訴外亡金井マキヱは、昭和二一年一〇月頃被控訴人に対し右契約を解除する旨の意思表示を訴外竹林吾平を介してなし、被控訴人は、その頃これを承諾し、よつて、こゝに右契約は解除せられたのである。
(ロ) 仮に右解除がなかつたとしても、被控訴人は、控訴人に対し、昭和三一年三月二七日付書面(甲第四号証)を以つて、前記売買契約の代金及び手付金をそれぞれ時価に換算して差引残代金を支払われたく、もし、買取の考がなければ、手付金を時価に換算して返えすから、家を明け渡してもらいたい旨申し入れ、右申入は、その頃控訴人を介して、前記相続人三名に到達したところ、右三名の代理人太田類作弁護士は、同年四月二八日付書面(甲第八号証)を以つて、訴外亡金井マキヱは昭和二〇年二月七日被控訴人から本件家屋を同日より二〇年間賃借する旨の契約をし、訴外金井常吉、金井和子及び菱木昭子において右訴外人の死亡による相続により右賃借権を承継している旨の回答をし、以つて、被控訴人の右解除の申入に対し暗黙の承諾をなし、こゝに前記売買契約は合意解除せられたのである。
(ハ) なおまた、仮に右暗黙の承諾がなかつたとしても、前記訴外金井常吉は、昭和三一年五月二八日右太田類作を代理人として、丸亀簡易裁判所に、被控訴人を相手方として、本件家屋につき賃借権あることを確認するとの調停を求める旨の調停の申立をし、以つて、被控訴人の前記解除の申入に対し暗黙の承諾をし、こゝに前記売買契約は合意解除せられたのである、と述べ、
控訴人は、答弁として、
控訴人が本件家屋に居住していることは、これを認めるが、本件家屋は、被控訴人の所有ではなく、訴外金井常吉、金井和子及び菱木昭子の所有である。即ち、訴外亡金井マキヱは、昭和二〇年二月七日被控訴人から本件家屋を買い受けて、その所有権を取得し、右訴外人三名は、昭和二八年一二月一六日に右訴外亡金井マキヱの死亡による相続によつて、右所有権を承継取得したものである。それで、本訴請求は、失当である、と述べ、
被控訴人の解除の主張に対し、
(イ)の点は、これを否認する。(ロ)及び(ハ)の点については、被控訴人主張の頃、その主張の書面が到達したこと並びにその主張の回答及び調停の申立のなされたことは、これを認めるが、それが、右売買契約解除の申込と暗黙の承諾となるとの点は、これを争う、と述べた。
証拠の提出及び認否は、当審で、控訴人において、乙第五号証、第六号証の一ないし一六、第七号証の一ないし一一、第八号証の一ないし五、第九号証を提出し、証人金井常吉及び太田類作の尋問を求め、被控訴人において、乙第八号証の一ないし五は不知、その他の右乙号証の成立を認める、と述べた外は、原判決事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。
理由
本件家屋がもと被控訴人の所有であつたこと、昭和二〇年二月七日被控訴人と訴外亡金井マキヱとの間に本件家屋につき被控訴人を売主、右訴外人を買主とする売買契約の成立したこと及び右訴外人が控訴人主張の日死亡し、訴外金井常吉、金井和子及び菱木昭子がその相続をしたことは、当事者間に争のないところである。
そこで、右売買契約が合意解除せられたかどうかについて判断する。
この点に関する被控訴人主張の(イ)の事実は、これを認めるべき証拠がない。
次に、被控訴人が昭和三一年三月二七日頃前記相続人三名に対し被控訴人主張の申入をしたこと及びこれに対し右三名の代理人太田類作が同年四月二八日頃被控訴人に対し、本件家屋は、右三名においてこれを賃借している旨の回答をしたことは、当事者間に争のないところであるが、原審並びに当審における証人金井常吉及び当審における証人太田類作の供述(証人金井常吉の原審分は二回)によると、右太田類作は、訴外金井常吉から、訴外亡金井マキヱと被控訴人との間に本件家屋につき売買契約の成立していることを告げられたにも拘わらず、右訴外金井常吉から本件家屋についての賃貸借契約書(乙第九号証)を示されたため、被控訴人と前記相続人三名との間に本件家屋賃貸借契約が存続しているものと誤解し、因つて、右回答をなしたものであることが認められ、右認定を動かすべき証拠はない。それで、右回答を以つて、被控訴人主張の解除の申込に対する暗黙の承諾と解するのは相当でない。
次に、凡そ、契約の合意解除の申込又はその承諾は、契約当事者の一方が数人ある場合には、その全員から又はその全員に対してこれをなすべきことは、民法第五四四条第一項の規定の類推適用により明らかである。ところで、被控訴人主張の訴外金井常吉の調停の申立は、仮に、これを以つて、被控訴人主張の合意解除の申込に対する暗黙の承諾と解し得るとしても、それは、右調停の申立人、即ち、前記売買契約における買主金井マキヱの地位を相続により承継した者の内の一人であるところの右訴外金井常吉のなした承諾であるに止まるのであるから、それによつては、前記売買契約の合意解約の効果は発生しないものというべきことは、右規定の法意から明らかである。
それで、前記売買契約は解除せられていないというべきである。そして、本件家屋所有権は、前記売買契約により買主たる訴外亡金井マキヱに移転したものというべきであるから、同人の相続により、その相続人である前記訴外人三名に帰属しているというべきである。
そうすると、被控訴人が本件家屋所有権を有することを前提とする本訴請求は、失当としてこれを棄却すべく、これを認容した原判決は、不当であるから、これを取り消すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎寅之助 安芸修 橘盛行)
目録
香川県仲多度郡多度津町大字南鴨字辻三九二番地上
家屋番号同所第二七番
一、木造瓦葺平家建居宅 一棟
建坪 三六・二五坪